第五章・いのちの時代 連載第百二話 秋葉原の縁

牧先生の、姓名科学は、一台の、コンピューターの中に、あった。
長年の、研究の、結晶だった。字画と、生年月日から、人の生涯の、波を、読む。その、膨大な、計算を、先生は、機械に、託していた。けれども、その機械も、その、ソフトも、古びていく。いつか、動かなくなる。新しい、汎用の、コンピューターでも、使えるように——そういう、変換の、作業が、必要に、なっていた。
そのために、相性の合う、部品が、要った。記憶を、収める、装置。当時の言葉で、ハードディスク、という。けれど、それが、なかなか、見つからない。先生のもとでは、どうにも、ならなかった。
そこで、彼が、動いた。東京の、秋葉原まで、探しに、出かけたのだ。
秋葉原は、電気の、街だった。小さな店が、軒を連ね、部品が、山と積まれていた。彼は、その一軒に、立ち寄った。目当ての、装置を、探して。
そこで、ひとりの、人物が、商談を、していた。
たまたま、だった。言葉を、交わすうちに、彼は、驚いた。その人物が——牧先生の、甥に、あたる、若いプログラマーだったのだ。
こんなことが、あるだろうか。
広い、東京で。数えきれない、店の中の、一軒で。たまたま、立ち寄った、その場所で。探していた、姓名科学の、その身内に、めぐり会う。偶然と、呼ぶには、できすぎていた。
この、出会いが、きっかけだった。
やがて、その若いプログラマーが、牧先生のもとで、ソフトの、変換に、取り組むことになる。古い、コードを、新しい、コンピューターでも、動くように、書き換える。気の遠くなるような、作業だった。彼が、東京に、戻ってから、その変換は、成功した、と、聞いた。姓名科学が、新しい、時代の、機械の上で、よみがえった。
彼は、思った。これも、自分に、課せられた、運命の、ひとつなのだ、と。
福岡へ、向かわせたのも、見えない、力だった。秋葉原で、身内に、めぐり会わせたのも、同じ、力かもしれない。彼は、姓名科学の、継承の、糸を、知らぬうちに、たぐり寄せていた。それを、自覚した、時代でも、あった。
ただ——彼の心の、片隅に、小さな、引っかかりが、残った。
新しいソフトが、はじき出す、グラフを、見たとき。彼は、どこか、違和を、覚えたのだ。何か、違う。うまくは、言えない。変換は、成功している。計算も、合っている。それでも、何か、微かに、ずれている、ような。
その感覚が、何なのか、その頃の彼には、わからなかった。気のせいだ、と、思おうとした。けれども、その小さな引っかかりは、消えなかった。胸の奥に、静かに、残った。
そのソフトは、後に、牧先生の、逝去とともに、別の方が、継いだ、と、聞いている。聞くところでは、そうらしい、という程度の、ことだ。確かなことは、彼にも、わからない。
四十年後の今、振り返って、思う。
あのとき、胸に残った、小さな違和感。あれは、気のせいでは、なかった。何十年もの、時を経て、彼は、いつか、自分の手で、その「何か違う」を、確かめようとすることになる。秋葉原の、あの偶然の出会いから、姓名科学を、受け継ぎ、そして、問い直す——その長い道のりが、知らぬうちに、始まっていた。
生かされて、今を、存在する。
秋葉原のひとつの店で、牧先生の身内に、めぐり会った、あの不思議な偶然と、新しいグラフに覚えた、あの小さな違和感を、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。
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